廃線レポート 早川(野呂川)森林軌道 奥地攻略作戦 第15回

公開日 2025.12.13
探索日 2017.04.14
所在地 山梨県早川町〜南アルプス市

  ※ このレポートは長期連載記事であり、完結までに他のレポートの更新を多く挟む予定ですので、あらかじめご了承ください。


 本日2本目の隧道を発見!! そしてヨッキは幸せになりました。


6:50 《現在地》 

カレイ沢から軌道跡を下流方向へ進むこと約500m、そこには鋭い岩尾根を抜く2連続の隧道が待ち受けていた。
写真は1本目の隧道の下流側坑口を振り返っている。
昨日今日に見た隧道では最も保存状態に恵まれており、全く崩れていないし、なんとレールも敷かれている。

トワイラ〜を読まれている方ならご存知だろうが、この林鉄が南アルプス林道によって上書きされている最上流部にも相当数の隧道がある(私も時間が許せば今日後半に行く予定だが)。同書で発見されている数だけでも、間違いなく山梨県営軌道で最も隧道数が多い路線だと思っていたが、私の探索でさらに数を重ねている状況だ。
昨日は4本(うち1本は完全埋没開口部なし)、6年前の偵察探索でも2本見つけているから、今日の2本を合せて通算8本目である。



同地点から見る進行方向。
目測60mくらい先に、岩尾根の突端を抜く短い隧道が見えている。
貫通しているが、内部が崩れていそうである。

隧道に挟まれた短い明り区間を進むのは、思わず踊り出したくなるほど幸せなひとときだった。
昨日から苦しい場面をいくつ通り抜けてきたか分からないが、今は全力で報われている思いだ。
来て良かった! 本当に!!



6:54

あ〜〜、幸せだーー。

前に隧道、後に隧道。そのうえ情景がまた最高。
まるで等身大の盆栽鉢に迷い込んだかのような苔生した岩と針葉樹の織り成しが、2日間の頑張りを讃えるのような高度感を持った雲巻く谷に向き合っている。
そして私が、その先端に特設された表彰台で一番乗りの祝福を受けている、そんな気分。
状況によっては極めて恐ろしい地形だが、2本の隧道のおかげで、最高に幸せな局面へ昇華していた!



6:54

本日2本目の隧道。
天井が崩れているが、貫通状態にはまだ不安はないレベル。
全長は10mほど。洞床がこんなんだから、敷かれたままであろうレールは全く見えない。

地形図で等高線が密に描かれている場所は、当然に地形が険しいわけだが、そんな際立って険しい場所ほど、隧道やら路盤がちゃんと残っていて歩きやすい傾向にあるというのは、探索者だけが知る経験則かもしれない。険しい場所は、中途半端に緩やかな斜面よりも、道形が残っている傾向が強い。
その理由は単純で、極端に急傾斜な地形の正体は岩盤であり、そこは自然に崩れてなだらかに変化しないだけの堅牢性を自然に持っている。
そういう堅牢な岩場に道を通したら、簡単には消え去らないのである。

まあ、こんな経験則を持っていても、私が林鉄の場所を決めるわけではないので、探索上どうにかなるものでもないのだけれど…。



石門の如き洞内を潜る。
潜りつつ、出口の向こうに現われる風景に祈る。

祈るようになったら人間も終わりという名言?もあるが、基本オブローダーは祈るものである。
祈り続け、その結果として"お出し”されたものを、祈りながら、克服して行くより手立てがない。
このとき、祈ることが何らかの効果を発揮しているかは観測手段がないため不明だが、私は常に祈っている。祈る時間の長さだけで言えば、廃道殉教の旅といっても差し支えがないかも知れない。

さあ、直近の祈りの成果を、お出しして貰おう!



6:55

ヨシ! 悪くはなさそう。 むしろ良い!

まだ進ませてくれるという配慮を感じる。そのうえ、情景も相変わらず最高だ。

いま辿っている区間は、往復することがほぼ確定しているので、通りやすいことの喜びと安堵も2倍である。



ちゃんと忘れず2本目の隧道の振り返りも撮影。

天井の低い小断面の隧道だから、トンネルになっているが、一般的な林鉄くらいの天井の高さを求めるならば、ほぼ間違いなく切り通しになったと思う、土被りのとても小さな隧道だった。
でも、とても絵になるね。



隧道のすぐ先、シンプルにレールが2本出ている場所があった。

なんてことはない、よくある路盤の小欠壊現場であり、もちろん通過も難しくないのだが、直前の隧道との位置関係に、私はまたしても小躍りしたくなるほどの喜びを覚えた。
この小さな2本のレールが、次に掲載する1枚の写真を私に撮らせてくれたのである。
これは、もしも私が自分の墓に持ち込める探索写真を10枚選べと言われたら、きっと選ぶだろうという早川林鉄探索のベストショットになった。(↓)



最高に私好みな景色を、ありがとう!

実はこの景色、今でも私は夢に見ることがある。
そして見る度に、夢の中で夢と気付いてしまう明晰夢を作る存在である。
夢の中で見た瞬間は、マジか、うわ〜〜!私の理想の風景だ〜! って喜ぶんだけど、直後に気付く。
でもこれって早川じゃね? じゃあ夢じゃんってなるんだ(笑)。
そこまで私の深層心理に刻みこまれた風景が、これなのだ。


……もう少しだけ、語ろうかな?

だってさ、まずこのレールがあることが最高なんだけど、その慎ましさがヤバいわけよ。
絵になる隧道があり、路盤があり、そしてレールがある。もうこれで100点じゃん? 
でも、そのレールが普通に敷かれて堂々と開けっぴろげに露出はしていないんだよ。
そこが、昭和20年に廃止されたまま、撤去の手さえ拒んで放置され続け、もはや熟成を超え、記憶を超え、それでもその存在に気付き命を懸けて求め歩いた者の前にだけ姿を見せた、そんな究極的に閉じた軌道跡の"らしさ”と思われて、私は限りなく嬉しくなったのだ。

まだまだ語れるけど、うざくなりそうなんで、ここまでにして先へ。




まだ行かなーーーい!!(←やっぱりうざくなった…)

近景として、私のベストショットを与えたこの場所は、同時に、とんでもない未来志向の遠景をも、プレゼントしてくれた。

ここから樹木越しに見る遠景は、今までのカレイ沢の埒を出て、早川の上流方向を臨むものであった。

それ自体が、探索の進行を感じさせる新性のあるものだったが、よく見ると……



ずっと先の軌道跡が見えたぁ〜!

白いガードレールが見えることからも分かるように、あの辺はもう、トワイラ〜が平成10(1998)年時点で詳細なレポートを発表した、南アルプス林道に転用された区間であるが、それを非転用の下流側区間内から臨むというのが、なんとも意義深い気のする眺めである。
現状は天と地ほどに異なる状況にある両者が、実は一つであったということが感じられる見え方をしている。

だってそっくりじゃないか。崖にへばり付いて、斜面を真一文字に横切るあの感じ。
延々と早川左岸の山腹を定位置にして、流れ込む全ての支流に翻弄され凸凹凸凹と出入りをしながら、少しずつ少しずつ軌道らしい勾配で高度を上げ続ける、そんな無理が全く利かない賽の河原の積み石みたいな道の在り方が、起点から終点まで始終一貫しているってことが感じられる風景だった。
転用区間も間違いなく素性が同じであると分かる風景。

いま見えている先を歩くときには、きっと格別に誇らしい気持ちになれるだろうな。
実現できるように、今日を頑張ろう。
そう思える風景。




地図上で再現すると、このような感じで先が見えているっぽい。

辿り着きたいねぇ……。

まあ、素直に軌道跡だけを通って行ける可能性がゼロであることは既に判明しているので、どこかで一度は“負け”を選ばないと辿り着けない風景なんだがな。

とりあえず、今はまだこの未来志向の風景に背を向けて、昨日のやり残しを回収する仕事が、終わっていない。



6:57

至福のポイントを後に移動を再開した1分後。

明らかに、ヤバそうな場面が……。



こういうのは、ゲームのトロッコステージだけにして貰えませんかぁ……。

もうサービスタイムは終了なの……? 涙



 幸せになったヨッキのその後……


6:59 《現在地》

遂に探索者の幸せを手に入れた私だが、早川に安全はない(真理)。

すぐさま次の刺客が私の元へ放たれてきた。
まるで絵に描いたような路盤の完全欠壊現場である。
向こう岸まで20mくらいだろうが、見事に杜絶している。
もともと橋があったのかも分からない。石垣も橋台も何もない。ただ、欠壊の両側に切断されたレールの断片が露出しているばかりだ。

さあて、どうやって越すか?

……なんて、思考して選択するような体を装っても、実際は選択肢なんてほとんどない。
現在地から動き回る自由度は、ほとんどないのだ。
だから、もう選択は終わっていた。この突端に立った瞬間に、もし「行ける」と思えなければ、それで終わってしまったと思う。
そういう場所。本当にそういう場所の繰り返し。
「祈るしかない」とは、そういうことであった。



行ける。

即断して正面突破を開始する。

頼みの綱は、微かに存在しているケモノたちの踏み跡だ。
他に道が全くない山域だけに、軌道跡というわずかな傾斜の緩みに多くの野生動物が誘引されている気配があった。
その主な利用者はニホンジカだろう。彼らのコロコロとした落し物が至るところにあった。



7:01

シカのように無鉄砲でも軽やかでもない私は慎重な足運びに時間を費やしたが、ともかく欠壊地の底まで下りることに成功し、その下ってきたところを振り返って撮影した。
こんな所まで往復しなければならないので、苦しみも2倍である。正直気が重いが、仕方がない。



7:03

無事突破。
振り返って撮影した写真と、(チェンジ後の画像)進行方向の写真である。

一難去って……ないなこれは。
今の欠壊は、まだ前哨戦でしかなかった気配がある。
この先、皆さまの目にどう映っているかは分からないし、そもそも写真なんかで判断して貰うのはアンフェアだろうが……

ねっとりと、やべぇ

パッと見て分かりやすいド派手な崩壊ではないんだが、ねっとりとしているヤバさ。
端的に言って、平らな場所がどこまで行っても見えない。
どこもかしこも、滑り台みたいな滑らかな急傾斜に見える。滑りやすそうだ……。
連続隧道があった辺りとは雰囲気が違う。いかにも崩れやすいエリアに入ってきた感じがする。



案の定、てこずりつつあるぞこれは……。

進めないことはないんだが、常に傾斜した斜面を歩かされており、しかも凄く硬く締まっていて、体重を掛けても爪先がろくに刺さってくれない。
セメントで固めた斜面に砂利と落葉が適当に乗っている所を、爪先歩きで突破しろと言われたら、たぶん誰もが厭がるだろう。それに近い。
ケモノたちの蹄的なものも、この斜面にはあまり形跡を残せないらしく、頼りない。

そんな斜面が、現時点で見通せる景色の最後まで続いていて、正直、うんざりしてしまった。(往復だしな…)



7:05

これが今回の難所の核心部…。

行けるのは行けるだろうが、もうどんだけ崩れてるんだよっていうな……、呆れる。

そりゃあこんなの3年保たずに廃止されるよなって思う。
この手の崩壊地の数が多過ぎるのだ。
一箇所崩れただけで林鉄としては杜絶されるのに……。
根本的に、早川や野呂川を幅2m足らずの手押し軌道1本で制そうというのが、無理なのだ。
いくら戦中、その場しのぎ的緊急増産の為だったとしても、工事という重大な労働力の投入を行うには、地形の見通しが甘すぎたと言わねばなるまい。こんなのたぶん建設の最中から崩れっぱなしで、全く手に負えなかったと思う。



この崩壊地、写真だと特に、なだらかで与しやすそうに見えるかも知れない。
実際、命を取られるか取られないかだけで難しさを決めるなら、ここはそこまで恐ろしくはないだろう。
だが、長い探索の中にある難所としては、ボディブローのようにぐっと効いてくる痛みがある。

確かにここなら滑り落ちても死なないだろうが、それでどれだけ心に痛手を負うか。
こんな所でコケる経験をしてしまったら、もうこれ以上に難しい、バックアップの全くないところなんて、怖くて一歩も踏み込めなくなるだろう。
それってもう、帰ることさえ難しいのだ。

そういう意味では、ヒヤリハットさえ許されないのに、しかし相手は徹底的に消耗戦に持ち込もうとしてくるといういやらしさ。
ずっと知っていたけど、本当に嫌らしいです早川は。



見てこの必死な足の感じ。

全然足が刺さんないんだもん! 凍ってんのかってくらい硬かった。

それでも落ちたくないから、何度も何度も爪先を蹴り込んで、自分が往復するためのステップを刻んでいった。
(なお、こういう場面では簡易アイゼンが有効であり、現在は採用しているが、この当時は未採用だった)



7:08

突破!

写っているレールとか木とかとサイズを比較して貰うと分かりやすいが、ちょっと滑り落ちても身長の何倍も落ちるというスケール感だ。
ミスは絶対に許されないよ。



7:09

ここで久々(本日1本目)のボイスメモ代わりの動画撮影をしていた。
特別なものが写っているわけではないが、周辺の地形の臨場感を伝えたい。
なお、私が「573地点」云々と言っているのは、適宜GPSを操作して入力しているポイントの通し番号であり、現地の風景と地図との対応を付ける助けにしている。



7:10

ああっ、小さな岩の庇の下が、ありがたい!
ちょっとだけだが、足を平らにしておける安地である。
レールもあるし、死闘で荒みそうになる心が少しだけ癒やされる。

けれども、前方の風景は宜しい感じがしない。
ちょうど先ほどの隧道があったところとよく似た感じの急峻な岩尾根が目前に来ているが、どうも今度は幸せとは縁遠い感じがする。
消耗がきつい。



うん、やっぱり尾根に隧道はないようだが、代わりとなるような切り通しも見えないし、どうなってんだ?

どこもかしこも落葉色の斜面である。
見通しが良いのは助かるのだが(こんなに藪の全くない山も珍しいのでは)、皆さま騙されるな。
落葉の下は、大抵どこもかしこも硬く締まった礫斜面で、これが滑りまくる。
早川に安全はない(重言)。


で、この数秒後、問題の尾根と向き合った。



7:12 《現在地》

…くふっ!

お、思わず笑いが出てしまった。

何だよこれwww おまっww 

このヒョロガリレールだけで、70年以上虚空に架かり続けていたのかよw

橋も枕木も橋台も、ぜんぶな〜〜んにもなくなってるのに、もうこれはレールという名の山に刻まれた呪縛だな。

林業関係のみなさん、レールはちゃんと撤去しないと、70年後こういう姿になって、失笑を買いますよ。

気の毒だと思うなら、ちゃんと撤去してね。 (しなくていいよ!!)



 ヒョロガリレール橋を笑っていたら……


7:12

いきなり、裸の王様ならぬ、裸の線路画像からのスタート。

とんでもないことになっている橋? いや、何って言えば良いのこれは? な状態の線路を、横から見ている。
地形的に、ここは間違いなく橋だったんだろうが、残っているのはヒョロガリなのに異常な胆力を発揮して落ちることを忘れている2条のレールのみという、異様な風景だ。
たまたま落ちてきて架かった枝に、空中ブランコをさせてやるほどの余力も持っていた。

改めて、レールの材料である鋼鉄の強さに感心する。
腐食が進みにくい環境にありさえすればこの通り、70年も昔に廃止されたこんなか細い6kg/mレールが、まだ普通に使えそうなくらいしっかりと保っている。



レールぶらりんを渡った先に控えているこの小さな尾根だが、

ここにも短い隧道があった可能性が極めて高いと思う。

レールの向きからして、ここから「★印」の尾根の先端へ回り込むのは不自然だし、真っ直ぐ尾根へぶつかって隧道ないし切り通しで越えていたと考えられるのだが、この上部はやや緩傾斜の尾根であり、切り通しを完全に埋め立てるほど大量の土砂を落下させてくるとは考えにくい。
となるとここにも短い隧道があり、それは自壊して埋没してしまったと考えるのが自然ではないだろうか。
ちょうど隧道の圧壊によって陥没したような凹みが、尾根に残っていた。



隧道の自壊跡地とみられる地形。
ここだけ尾根が陥没したように窪んでいる。
徹底的に掘れば地中に多少の空洞が残っているかもしれないが、地表に開口部がある感じはゼロだ。

反対側に開口部があれば、もちろん隧道説で確定になるので、乗り越えて確かめに行こう。
幸いここは隧道がなくても簡単に乗り越えられる尾根だった。



先へ進む前に、忘れず振り返って、孤軍奮闘のヒョロガリレール橋に別れを告げる。

自重でだいぶ垂れてるけど、落ちてないのはやっぱり凄い。鋼鉄は引っ張り強度が強いってのは本当だねぇ。

で、隧道開口の期待を持って臨んだ、尾根の反対側――




7:15 《現在地》

ざんねん!

こちら側も隧道の明確な痕跡は皆無であった。
路盤自体が、斜面化してしまって、ほとんど残っていない。レールも見えないしな。

それでもやっぱりここは隧道跡だと思う。
改めて、「★印」の位置も調べてみたのだが、尾根を回り込む道があった感じが全くしない。
道がどんなに崩れても尾根の突端には少し残ると思うので、消去法的にも、ここには隧道があったのだと思う。

で、実はこの時点で私は大きなピンチを感じている。
振り返って隧道跡を撮影しているが、当然ながら、この写真を撮るまでの過程で先に進行方向の状況が目に飛び込んできていた。
それが、正直やばかった。


やばかった。 ↓




ほんの少し前に私をねっとりと苦しめた、全てが斜めになった感じの崩壊地が、さらにスケールアップして現われてしまった。

おそらく核心部と思われる、特に灰色の濃い崩壊地まではまだ目測50m以上もあるが、そこまで近づく手前の斜面でさえ、傾斜がとてもキツく、そのうえ滑りやすそうで(さっきの滑りやすかった斜面とそっくり!)、滑り落ちずに歩き通せるという自信がイマイチ持てなかった。



ここではたと恐怖を感じ、足が止まった。

行けないかもという感じが、今日初めて、した。

立ち止まって、改めて詳細に状況を観察する。

そうしてよく見ると、100mくらい先に待ち受ける次の尾根には、深い切り通しが存在しているようだった。



うっかりピントが合っていない写真しか撮れなかったが、次の尾根の切り通し部分を望遠で撮影した。

かなり深い切り通しがあるのが見える。



このとき私は、昨日の撤退地点まで推定800mの位置にいた。
カレイ沢と昨日の撤退地点のちょうど中間附近である。
そして、次の切り通しの見えている尾根まで行ければ、残り700mくらいになると思われた。

いま目の前に立ちはだかっている崩壊地の全貌は、もちろんここからでは確かめようがないが、地形図を見る限り、上下方向にも非常に大規模である可能性が高い気がした。
このときにイメージしたのは、【昨日の撤退地】である崩壊だ。
近づいているので、似たタイプの崩壊地が現われるのは自然だろう。

昨日のあれは、斜面が深く抉れすぎていて正面突破は出来ないし、多少迂回しても、横断自体が難しいタイプに見えた。
長い探索人生でこの手の抉れちまった崩壊地を見る機会はそれなりにあるが、ほとんどは突破が出来ず、撤退や大迂回を余儀なくされている経験がある。
崩れて埋れている斜面ならなんとかなるが、崩れて欠けている斜面は難しいのだ。


……私の進退を決める上で、これが重い判断の要となった。




7:18

3分の熟考停滞の後、私はすごすごと、先へ進み始めた。

先へ進み始めたが、内心は、撤退に傾いていたというか、撤退を納得するためのあと一押しを欲していた。

情けない話だが、いつも撤退はへたくそだ。
ここまで、なんだかんだと辿ってこられた私が、こんな急に諦めて撤退するしかなくなるものなのか……?
迂回の手立てもなく?
こんなにも撤退の決断とは呆気ないものか?
ここまでの頑張りを見ている誰かが助けてはくれないのか?

仕舞には、もう少しドラマチックな“絵”があった方が、読者に撤退を納得して貰えるのではないかなどと、正直、「山行が」絡みの雑念も脳裏に過った。



7:19

これは良くなかった。

自分の納得ならばまだしも、誰かの納得のために命を懸けるのは、後悔の元だろう。
私の中では、数分前に、ここは撤退しかないと分かっていたのだから、そこですぐに引き返しました、で良かったはずだ。

落ちるかもしれないという、今日初めての真の恐怖に唇を噛みながら、全く支えのない、足の少しも刺さらない斜面を、少なくとも20mは、這うようにして進んでしまった。
その結果得たものはこの写真であり、確かにこれで皆さまにもおそらく納得の貰える写真が撮れたさ。



……だね。

核心部の30mくらい手前で、諦めた。



このとき、足元はこんな感じ。
樹木が執念深く生えているせいで多少カモフラージュされているが、パチンコ台の盤面だこれは。
滑り始めたら私には止まれない。どこかの木で千切れ飛ぶまで転げ落ちるだろう。
下へ迂回して進むことは出来ない地形だった。

なお、奥に見えている砂利の河原は、落差にして300mも下にある早川の本流だ。
これが見えると言うことは、ずっといたカレイ沢という支流を脱出して、早川本流沿いに復帰するところまでは辿れたのだと判断したい。

してもいいよね……。



悔しいが、生還のために、ここは撤退!