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コメント
47,9932021-07-20 06:18:51/bridge/sibazaki/main3.html [コメント一覧]10
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/n-jimusho/entry-12671459710.html最後の写真は在りし日の橋ではないでしょうか?
47,9922021-07-19 11:34:46/road/hatouti/main5.html [コメント一覧]10
飯田市在住です。遠方より来られてのレポート、素晴らしいです。清内路から鳩打ち峠へのレポートも期待しております。昭和9年に俳人・山頭火が清内路の長田屋に一泊し、鳩打ち峠を通って飯田へ向かいました。はとこが数名上清内路に住んでいますが、昭和15年ころの小学校の遠足で峠を越えて大瀬木の熊野神社まで往復したそうです。こちらへ来られて時はぜひお会いして話を聞いていってください。高齢ですがお元気です。
47,9912021-07-18 18:16:54/road/ogatitouge/main2.html [コメント一覧]10
ふと思い出して久々読んだ。懐かしいナァ···(´ω`)長野県トヤ
47,9902021-07-18 17:42:25/koneta/koneta_183_2.html [コメント一覧]10
細田さんのファンというのもありますが、ミニレポ中一番好きなネタ(シリーズ)です(笑)。最高。
47,9892021-07-18 10:59:14/road/sukki/main5.html [コメント一覧]10
国道229号旧道“蝦夷親不知”のコメントにも書きましたが、昭和47年春まで旧「瀬棚」町民でした。須築トンネルが開通する以前、トンネル手前まで夏にはよく海水浴に行ってました。昭和30年代半ば以降の話です。その時、亡き父より今回のレポートの道が昔の道(もちろん人道)だと聞きました。トンネル横の入口(?)までは行ったことがありますが、その先は危険だとして行かせてはもらえませんでした。その先にトンネル(隧道)が見えたかどうかは、残念ながら記憶にありません。また、この道がいつ頃作られ、どのように利用されていたかについては、父も知らなかったのか聞いた記憶はありません。いずれにせよ、「蝦夷親不知」とセットで今でも鮮明に思い出されます。ただ、父の勘違いかも知れませんが、今回の島歌旧道のことを「蝦夷親不知」と呼んでいました。私も、今回のレポートを拝見するまでその様に思い込んでいました。本場新潟県の親不知子不知からすると、感覚的にはその方が正解のような気がしますがいかがなものでしょうか。いずれにしましても、懐かしい場所のレポート有り難うございます。
47,9882021-07-18 09:40:00/road/abura/main5.html [コメント一覧]10
昭和47年春まで、旧「瀬棚」町民でした。それまで、瀬棚市街地の近くに住んでいました。「クズレ」は「虻羅のクズレ」と呼んでいたと思います。瀬棚町北端、「須築」の手前の「美谷」へは、夏、海水浴で何度も行きました。主にバス・自家用車でした。当時は当然ながら砂利道でした。必然、「虻羅のクズレ」は通過しています。「虻羅」から「島歌」まで、「虻羅のクズレ」を徒歩で通行したこともありました。当時は、多少の恐怖感はあった物の、これが「虻羅のクズレ」の「普通」だと言う感覚でした。このレポートを拝見し、景観は一変しているものの、懐かしく当時を思い出し、「虻羅のクズレ」の、あのオーバーハングしているのじゃないかというあの崖、もう一度下から見上げてみたくなりました。当時のトンネル(隧道)は全て素掘りで、記憶の最初の頃は、覆道は無かったかと思います。いつ頃から覆道が設置されたかの記憶はありません。先に記しましたが、夏の海水浴のために行っていたので、当然天候が良い時ばかりです。冬や天候の悪いときには行ったことはありません。トンネルは当然狭く、片側交互通行の状態でした。それが普通なので、誰も文句は言ってなかったかと思います。今でも先祖の墓参りで瀬棚へ行く事があります。たまに虻羅漁港の手前に車を停め、「虻羅のクズレ」を懐かしく眺めることがありますが、「もう行く事は無い」との一抹の寂寥感に襲われることがあります。年を取ったものです。最後に、このようなレポートを拝見させていただき、有り難うございます。心よりお礼を申し上げます。
47,9872021-07-18 04:02:52/rail/senzu2/main32.html [コメント一覧]9
投稿されてからずいぶん時間が経っていますが読了しました。今から10年以上前のことですが、ここが転換点だったのですね。数年前にこのサイトの事を知ってから時間をかけて読み進めてきましたが、初期のころのレポートではどんどん行動がエスカレートし、レポートでも過剰な表現が頻発して危うさを感じたものでした。とある人の表現を借りれば、「ウェブの自己顕示欲充足システム」。それにどっぷりはまりこんで人生を破滅させる瀬戸際じゃないかと。それが次第に落ち着いたレポートを残すようになり、この辺りの時期に何か大きな事があったのかなと思っていました。どうか今後もご自愛ください。
47,9862021-07-17 13:32:39/road/ookuzure/main11.html [コメント一覧]10
最高でした。
47,9852021-07-15 00:09:26/tunnel/kamikita/main5.html [コメント一覧]10
退却より進むほうを選んだ咄嗟の判断が素晴らしい。プロの勘が研ぎ澄まされていたんでしょう。でも出口が開いててよかった。開いてなかったらどうなってたんでしょうか。でも大いに楽しめました。
47,9842021-07-14 18:29:15/road/oochiyo/main11.html [コメント一覧]10
非常に読み応えがあり面白かった。正規ルート?で一度進み断念するも他のルートをたどり最終目標地点にたどり着く様は小説を読んでいるかのような楽しさがあった。最初に目についたのがこの記事だったので、他の記事もゆっくり読んでみる。
47,9832021-07-14 07:26:34/road/hakkouda/main7.html [コメント一覧]10
壮絶なルートですね。まさしく「冒険」
47,9822021-07-14 02:33:30/bridge/kasasagi/main7.html [コメント一覧]10
めっっちゃおもろかった
47,9812021-07-13 19:24:30/rail/hasiba/main2.html [コメント一覧]10
いつも楽しく拝見しております。橋場駅、私もやっと先日来訪する事ができました。時期が悪すぎて草ボウボウでしたが、あの独特の雰囲気が最高でした。ここまで詳細な調査、本当に素晴らしいと思います。これからも応援しています。
47,9802021-07-13 14:24:14/tunnel/gogaku/main2.html [コメント一覧]10
この五岳荘についてhttp://www.hetima.net/blog/archives/8119こちらの方の記事に調べられた文献の一部が載っており、おもしろく見ました。宝戒寺トンネルがお妾さんへの通い道として使ってたというのも当時のお金持ちの雰囲気が伝わってきて笑った点でもあります
47,9792021-07-13 11:58:29/road/r252_koma/main4.html [コメント一覧]9
只見線SL末期に私の父が叔父と車で行き、旧道から第一鉄橋の写真を撮ったとのことです。只見線のSL廃止は74年ですのでそのころです。このころは簡単に封鎖にはなってたようですが行けたそうです。人は駅から行きやすかったこともあり結構いたそうです。数年前、私と2人で只見線を撮影した際、アプローチしましたが道の荒れ方と、おそらく行ったところで木が成長して邪魔で写真にならないだろうという判断で辞めました。ヨッキさんのレポートを見てその判断は間違ってなかったです。篠崎南
47,9782021-07-13 02:44:53/road/ennakouji/main13.html [コメント一覧]10
めちゃくちゃ面白かったです!写真も美しい。ヨッキさんの体力どうなってるんですか。天空街道での出会いもミラクル通り越してますね、すごっ!って声出ちゃいました。そんな漫画みたいな!ことが!あった!!私はインドアマンなので山を登る機会は無いですがヨッキさんの、いくら奇跡的な出会いでも山で双方予期せぬ出会いならば自己責任において人に迷惑をかけないという心構え、多分このような趣味を持つ方々にとっては当たり前なのかもしれないですが素晴らしいです。いやー素晴らしいレポートでした!
47,9772021-07-12 11:28:49/road/sukki/main5.html [コメント一覧]10
改めて読ませて頂きましたが、やはり凄い所ですね。この道を疑似体験させて頂き当時の現地の方々の生活に思いを馳せ身震いを憶えてしまいました。
47,9762021-07-12 01:35:37/road/ennakouji/main13.html [コメント一覧]10
酷道や険道に関心を持つようになり、このサイトに至り塩那道路を初めて知りました。大変興味深く何度もレポートを読み返しています!
47,9752021-07-11 04:32:25/koneta/koneta_32.html [コメント一覧]8
池や沼に生える河骨(こうほね)が訛ったのかもしれませんね。
47,9742021-07-11 04:15:17/road/samasawa/main4.html [コメント一覧]10
40年前に森吉山に行って、ここは魔界だなあと思いました。レポートを拝見すると、熊ですら事故死しそうな景色じゃないですか。よく生きて帰って来られましたね。怪我しても、ヘリでの救助はきっと困難。デジカメが人間様の身代わりだったか・・・!
47,9732021-07-11 00:39:29/tunnel/gogaku/main2.html [コメント一覧]10
埋め戻されたのは知っていますが続編を期待し続けています。
47,9722021-07-09 23:32:10/road/abura/main5.html [コメント一覧]10
素晴らしい探検記。
47,9712021-07-09 02:40:36/tunnel/endou/main.html [コメント一覧]10
ツィッターにもあげましたが、現地の字が「遠道」なので、遠道隧道で間違いないと思います。
47,9702021-07-08 22:30:58/road/shinryu/main10.html [コメント一覧]10
本記事大変楽しく読ませていただきました。先日まさにこの場所をバイクで通りましたがまさかこのような場所とはおもいませんでした。次はこの記事を参考に探検してみたいと思います。
47,9692021-07-08 12:01:53/road/aratozawa/main4.html [コメント一覧]10
レポート読んでる最中に熱海の地滑りのニュースがあってヒエッてなった
47,9682021-07-07 00:38:46/road/abura/main5.html [コメント一覧]10
丁寧な調査で素晴らしいです。とても勉強になります。ありがとうございました。
47,9672021-07-06 10:51:06/road/hiyama/main6.html [コメント一覧]7
クロ沢への道も調査してほしい。
47,9662021-07-06 09:09:48/road/kodakumi/main15.html [コメント一覧]9
「クジヤ平」の地名の由来について「鍛治屋」が訛ったものだろうと推測されていましたが、串本町に鬮野川(クジノカワ)、那智勝浦町に狗子ノ川(クジノカワ)という地名がありまして、おそらくクジヤ平もこのクジだと考えます。「鬮」はおみくじの「くじ」で、近くに神社があって神事が執り行われていることが由来とされているようで、そう考えるとこのクジヤ平も山手川集落の神社で神事が行われているが故にこの地名になったと考えると合点がいきます。個人的には鯨が訛ってクジになったという言説もこの地方っぽくて好きですが、この山中ではその線は薄そうです。
47,9652021-07-05 19:47:10/tunnel/aimata/main.html [コメント一覧]10
いやー地元民ですけど、蟹田側の抗口に続く急斜面ってのはどこをどう行ったのか教えてもらえませんでしょうか。
47,9642021-07-05 10:10:30/tunnel/r229_enoshima/main3.html [コメント一覧]2
1回で纏められないなら最終回という題はやめて欲しい

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