廃線レポート 早川(野呂川)森林軌道 奥地攻略作戦 第18回

公開日 2026.01.02
探索日 2017.04.14
所在地 山梨県早川町〜南アルプス市

  ※ このレポートは長期連載記事であり、完結までに他のレポートの更新を多く挟む予定ですので、あらかじめご了承ください。


 確定的“身の毛のよだつ処の沙汰ではない”区間へ…!


2017/4/14 10:58 

約5時間ぶりに、カレイ沢の“横断地点”へ戻ってきた。

この地点よりも起点側の探索を完遂したので、カレイ沢を横断し、終点側の探索へと進む。

なお、現時点での探索の進み具合は、今朝出発時点の想定というか、希望的観測といった方が相応しかったかもしれないが、そこから1時間ほど遅れていた。
が、探索の成果自体は、敷かれたままのレールや複数の隧道など、大変に好成績である。
懸念されるのは、疲労の蓄積が進んで爪先を中心に足の傷みが無視できないレベルになってきていることだが、
何にも増して、次の区間の難度が懸念される。

次の区間はいよいよ、観音経(かんのんきょう)だ。

もうこの地名からして、踏み外した先の不吉を予感せずにはいられないが、机上調査編にて紹介した『風景』(昭和18年11月号)の記述 “中でも奥地である表観音・裏観音・猿なかせ等は最難所として幾多の犠牲者をも出している。風光は実に壮快凄絶にして身の毛のよだつ処の沙汰ではない・・・・・・・・・・・・・・・ に登場した「観音」(表観音か裏観音かは知らないが…)と思われる区間である。今までだって十二分に身の毛がよだちまくったのに、まだこれ以上よだつというのか?!

さらに、再三再四述べているが、次の観音経区間は、こちら側から見て“最後の部分”(通常は南アルプス林道側から見て入口の部分)が、確定で通過不能である。
私自身はまだその実景を見ていないが、今探索の原点である平成10(1998)年発行『トワイライトゾーンマニュアル7』掲載のモノクロ写真や本文の内容から、通り抜けられないことを理解していた。私ならもしかして……なんてことを考える余地のない、絶対的通過不能であったので、次の区間はどこかで引き返すことが確実だ。行けるだけはもちろん行くが、無理をしても突破の可能性はないので、安全に引き返すことを念頭に行動していく。

一応私の中では、ここまでは行きたいなというイメージはあったが、実際に辿り着くか、辿り着かずに引き返す時までは黙っていよう。


(次到達目標)
観音経 南アルプス林道 まで (推定)1.4 km

(最終到達目標)
深沢尾根 軌道終点 まで (推定).5 km




5時間前にも見た景色だ。
その時は、軌道跡の存在について半信半疑であったから、存在している軌道跡が見えなかった。

……と言いたいところだが、軌道跡がこの場所へ来ていることを確信している状況になっても、やはりこのカレイ沢横断部分の軌道跡は、全く痕跡を見出すことが出来なかった。もともと谷の周囲が崩れやすい地質であったことや、複数の砂防ダムの建設など、要因は複合していると思う。

そんなわけで軌道跡は見えないが、それがあったであろう位置は、ここまで辿った路盤の延長線上ということで推理出来るので、その推定ラインをなぞるイメージで谷を渡り、初めてカレイ沢右岸へ入った。



カレイ沢の流れの傍らに、雪山用のアイゼンが片足分だけ落ちているのを見つけた。
隧道内のシュラフに続く、軌道跡で偶然遭遇した先行者の名残りである。
とはいえ、このような装備が必要になる季節に登山道のないカレイ沢へ迷い込むなどというのは、おそらく誰にとっても自殺行為であるから、この場所で脱ぎ捨てられたのではなく、上流から雪崩か何かで流れてきたものかも知れない。
それでも、装着者が無事だったのかは気になるところだが…。



11:08

案の定、右岸へ渡ってからも、軌道跡はなかなか姿を見せなかった。
カレイ沢の右岸は左岸以上に荒れ果てた広大なガレ斜面であり、軌道跡があった谷に近い高度には樹木もほとんど生えていない。
当然、路盤は斜面と完全に同化しており、それが存在していたことの唯一の証しは、所々に現われるレールの残骸であった。

チェンジ後の画像に写っているのがそうしたレールで、この写真の場面だと、レールの右端だけが、かつて路盤であった位置に維持されている。
こういったものから軌道跡の位置を察知しながら、しばらくは本当に全く平場のないガレ斜面の横断が続いた。



11:10

横断してきたガレ場を振り返って撮影。
危機を感じるほど急な斜面ではないが、この何も残って無さは、落胆を通り越して、むしろ潔いとさえ思えるものだ。
上部に南アルプス林道が並走している区間であることも、路盤荒廃の一因かと思う。

チェンジ後の画像は、同一地点から撮影した進行方向だ。
河床との高度が出て来たおかげか、上部に並走する南アルプス林道(直接は見えない)がトンネルで“いなくなった”おかげかは知らないが、ようやく路盤が復活しそうな雰囲気がして来た。
樹木の存在は、路盤復活のサインである。



11:15 《現在地》

しかしそれからもなかなか確信を持てるような路盤の痕跡が現われず、結局はカレイ沢横断から15分後、たっぷり150mも前進したところで、ようやくこの写真の場面に遭って、路盤との再会を確信できた。
レールこそ行方不明だが、この法面の削られ方は、間違いなく人工的。
軌道跡の続きとみて間違いない!

やっと道を歩けるぜ!



11:16

さらに1分後、バッチリ良い感じになってきた。
というか、ここは珍しく広い。
待避所か、積込場かは分らないが、複線区間だった感じがする。
全体に風景が破天荒すぎて、林業という実務に使用されていたという使用感の乏しい路線だが、こういう複線とかがあると少しだけ実感が湧く。

この調子で、進んでいってほしい。
どうせ最後は進めなくなると分っていても、少しでも進める区間が続いていてほしいよ。



複線らしき幅広路盤を通せんぼする巨大な倒木に、巨大なサルノコシカケが生えていた。
ひと撫でして潜る。

したらば……



11:17

あっという間の複線終わり。

代わりに本領発揮、本性発露とばかりに、極めて鋭く切り立つ岩場に行く手を阻まれた。

路盤はそこを横断している。

巨大な倒木が、路盤の一番狭いところに鎮座しているのが嫌らしい。



11:18

ヤラレタ!!!!

巨大な倒木に遮られていて、それを潜るまで全く見えなかったのだが――



路盤は完全に切断!

対岸路盤に繋がったまま、崖下まで落ちてしまったレールの先を目で追うと、あまりの高度感に足が竦んだ。

そもそも、今立っている場所が大きすぎる倒木に背中を押されるような感じの場所で、本当に押されやしないかと怯んでいる。

ここで過去に何が起きたのか、落ちたのか削れたのか分らないが、どちらにしても、

ここは正面突破が不可能だ!

右岸に渡ってわずか250m足らずだが、早くも進退を問われることになってしまった。



 高巻き、下巻き、それらの負担で足が悲鳴を上げ始める


2017/4/14 11:24 《現在地》 

早くも難所にぶち当たった。

正面突破が無理なので迂回したいが、地形的に下へ降りることは出来そうにないので、高巻き一択である。
だがそれも行き止まりの末端から直ちに登ることは出来ず、50mほど来た道を戻った“複線らしき場所”から始めることにした。

チェンジ後の画像は、軌道跡から見上げた高巻きの進路となる斜面の様子だ。
とりあえず、ここに書き加えた矢印のようなイメージで高巻きを進めようと思う。
時間的にも体力的にも(特に後者)、あまり登らないで済ませたいが、果たしてどうなることやら……。

高巻開始!



11:29

なんと疲れる斜面だろう……!
5分掛かって、まだ、“前の写真の矢印”を登り切れないでいた。
確かに急だし、乾いた落葉が沢山堆積していて滑りやすいしで、楽な斜面ではないのだと思うが、さすがに時間が掛かりすぎだった。

その原因はあまりにも明らかで、足が思うように上がらないのだ。正直、泣きが入っている。
ここまでの探索で疲れ切った足は、水平歩行ならまだしも、非情な鞭打ちの如き急登攀に、悲鳴を上げていた。
この期に至り、さすがの私も冗談抜き、大袈裟抜きで、今日の私にはもう、普段イメージするような歩行は出来ないことを悟りつつあった。
しかもこの後どこかで引き返すのだから、ここも往復しなければならない公算大……。

全然疲れを知らずに読まれている読者諸兄は当然だが、書いている私にとっても、この時の私に対して、もっと頑張ってよ!と喝を入れたい気持ちになるのだが……。



11:31 《現在地》

ひぃーひぃーー言いながら、どうにか高巻きの目標高度と考えていた路盤+30m附近まで登ってきた。
地形図の等高線や下から見上げた印象から、この辺りまで登れば斜面の傾斜が緩まり、進行方向へトラバース出来ると期待していた。

さて、実際の地形はどうだったかというと、これがどうにか期待通りの地形が現われてくれた。
このまま現在高度をトラバースして、正面に見えている“次の尾根”まで進もうと思う。
あの尾根の辺りから下れれば、【見えていた向こう側の路盤】へ降着できるはず。

チェンジ後の画像は、現在地から見下ろす進行方向眼下の様子。
まだ路盤は見えず、突破不能地点の上部に連なる急な斜面が広がっている。
この一帯を巻くための高巻きなのである。



なお、この高巻きの最中、ちょうどカレイ沢対岸の正面辺りに、あの刻印付きレールを発見した大崩壊地がよく見えていた。
チェンジ後の望遠写真に書き加えた点線の位置を私は一往復している。
カレイ沢を挟んで、あちらもこちらも、お互い様の険しさであった。本当に気の休まるところが少ない。



11:37

これは、“次の尾根”の直前で、下方を覗き見た風景だが……

よっし! 30mほど下方に軌道跡の続きがはっきり見えた!

あそこを目指して、足元から始まるすり鉢状に窪んだ急斜面を慎重に下っていくことにする。

見るからに滑りそうだから、マジで慎重にな!



11:41 

おわ〜〜!

見えすぎて怖えぇぇ!!!

迂回した現場を眼下に見ながら下っていくのだが、下るほどに斜面が急になっており、思わず足が竦みそうになる。
せっかく傾斜の緩やかな高度を見つけたのに、路盤を辿りたいという目的のために、敢えて死地へ入り込んでいくのである。
どこかへ行くために道を使って地形を克服するのではなく、道を辿りたいが為に地形を克服しようとしている。
地形に対する態度として、これは一種の火遊びだ。

危険にすり寄ることを承知で、私だけは許されたいと祈りながら、下った。



11:43 《現在地》

あー、なんとか突破!

怖かったし、疲れたーー!

正味20分の迂回の果てに、悍ましき難所を一つ越えることに成功した。

……越えれはしたが、まだまだこの区間の序盤だろう。往復しないといけないし、先が思いやられるぞ……。



これは、路盤復帰地点から進行方向を撮影した。

足元は広くて良いが、先の見えないカーブがすぐ先にあるのが気になる…。



この片洞門のブラインドカーブを曲がるのが怖い……。

マジでちょっとここは頼むぞ……。

今みたいなの連続はキツイからな………、空気読んでよ。



11:44

あああああっ!

また難所だよ!!!

レールしか渡れていない橋の跡だ。それも片方のレールだけ、ぶらんぶらんになりながら、辛うじて対岸まで達していた。
先ほどの崩壊地のようなガッチガチの突破不能という感じではないが、でもこれはこれで斜面を伝って渡るとなると十分怖い。
むしろ、挑みたくなるだけ危険度が高いという説もある。

なお、写真だと足元の影になっていて分りづらいが、2歩先からガクッと岩場が切れ落ちていて、このままトラバースに遷ることは出来ない。
そして今度は高巻きの方が難しい。
というわけで、ここは臨機応変に――



下巻き作戦!

少し戻ったところから路肩の下へ下り込んでの下巻きを決行。
この右手の位置にある岩崖のせいで、軌道跡から直接のトラバースが出来なかったのである。
写真のフレーム外だが、ここも漏れなく足元は50m下のカレイ沢まで恐ろしく切れ落ちている。
これ以上は下にも降りられない状況だったから、ギリギリのところで見つけ出した迂回路だった。次に通れる保証はもちろんない。



11:49

レール直下の斜面をトラバースする途中、垂れ下がったレールがギリギリ頭上の手が届きそうな位置にあった。
今日に関してはもはや見慣れた錆び色の6kgレールであったが、そのレールに巻き付けられた針金の束が目を引いた。
普通に敷かれている状況のレールに、この針金の束は不自然である。

これは想像だが、軌道廃止後に残されていた橋が、登山道とか山林巡回の作業路の人道橋として再利用されたことがあるのかもしれない。具体的な橋の形状は想像も付かないが…。おそらく南アルプス林道が整備される昭和40年代よりも前のことであろう。



11:52

ヨシ! 対岸岩場を攀じ登って、なんとか路盤へ復帰!

これまた怖かったし、ヒリついた。

こんな道を戻りたくねぇ……。



こちら引き続いての進行方向。

良い型の片洞門だが、またもブラインドの先が心配で、いまいち風景を楽しめない。

常に怖いんだもん。あと、往復前提なのが重いです。

本当に正直なことは、きっと皆さんが喜ばないことなので、小さな文字で書くが……

そろそろ、早く断念を納得できる場所に遭遇したいと思ってしまっている。



次のブラインドの中身は、路盤が崩れてはいたが、横断には問題のない崩れ方。

速やかに横断し、写真奥に見えている次の小尾根へ。



11:56 《現在地》

小尾根を越える、カーブした浅い切り通し。
この辺りからカレイ沢の遠い水音も消えていき、高所を静寂からも知る感じになっていく。

あまり順調とは思えないが、どうにかこうにかカレイ沢から350m前進。
カレイ沢からアザミ沢(=観音経)までの今区間、距離の上で4分の1は終えたかな。
直接辿り着けないと分ってはいるが、観音経の南アルプス林道まであと1kmちょっとであろう。

尾根をまわって、次のブラインドボックスの中身へ。



あ、ごめん。

嫌な予感する。



 生還への“良き前例”を作る


11:57 《現在地》 

切り通しの向こうに、次なるブラインド・ボックスの中身である風景が見え始めた瞬間、私が感じた“嫌な予感”。
その中身を、予感がほぼ確信にまで変わった数秒後の写真(↑)を使って、具体的に説明しよう。

私がこの風景に危機を察した順序はこうだ。
まず、前方の広い範囲に思いがけない暗がりが見えた。
その暗がりは一見して、オーバーハングしている崖の影であるように見えた。
そのような地形を横断するには道の存在は必須だったが、道が見えていなかった。
直後に、その暗がりへ近づいていくレールが見え始めたことで、明らかに路盤が逃げられないことを察した。

→ 嫌な予感がする。 とこうなったわけだった。


――そして数秒後。



あ〜〜、はいはい。

レールが垂れてるねぇ。

点線の部分に道が見えないのが、不安だよ……。

つうか、既に9割方絶望視してた。

ま〜〜た、高巻きかぁ……。


――さらに数秒後。




隧道警報発令ッ!

隧道が見えるッッ!!! 

通過は絶望的と諦めかけていた“暗がり”の領域の中央附近、視界を妨げる樹林の向こうに目を凝らすと、影では済まない本当の闇が、ぽっかりと口を開けていた。

おそらく写真だと分りづらいが、肉眼なら気づけた。

絶望を覆しうる隧道発見という、急転直下の大発見だッ!!

ダガシカシッ!



不穏ッ!! 行けるのか、あれ…?!

坑口前の一番肝心なところ、レールが見えるが、それしかなくないか……?

まあ、実際にそこまで行けば解決することではあるのだが…、あと20mくらい先。

初デートの前だっつったって、こんなにドキドキしながらは行かない…。

デートじゃ命までは取られないからな。



11:59

これはホライトバランスを明らかにミスったショットだが、これしかこの場面の写真がなかった。
あと、予めお詫びしておくが、この辺りから先は特に、状況説明に欲しいアングルの写真がたびたび欠落する。
理由は、撮影のためのポジション取りをする地形の自由度がなさ過ぎることや、時間や体力を費やせば撮れたが、その労力を私が拒否したことである。

私と同行したことがある人なら知っていると思うが、私は探索中の時間と労力の5分の1は撮影や撮影のポジション取りに使っているというくらい、そこに注意を払っている。
上手な写真を撮ろうとしているワケではなく、状況説明に使いやすい写真を撮ることに非常に注力しており、これをサボると数年後に詳細なレポートは書けない。何を撮したかったのかが自分で分らなくなるから。

隧道の前には、前記遠望の地点とは別に、こんな崩壊地も隠れていた。
小さな欠壊だが、万が一スリップしたら絶対に止まれなそうな傾斜だったので緊張した。
で、慎重に2分も使ってこれを越えたところが、次の写真だ。(↓)



12:01

隧道真っ正面!

「よっしゃ! 辿り着いた!」


と、皆さまそう思われたと思うが、


私はこの隧道に辿り着けなかった。


理由は、全天球画像で……(↓)



画像だと説得力が乏しいことを承知しているが、皆さま一人一人をここまで連れて行って確認してもらうわけには行かないので、この画像で説明。
ただ一言、“矢印の部分”を私が歩きたくなかった。

私自身、正直この画像だけだと、「なんで?」と思うけど、実際にはとても狭く見え、いや実際に狭くて、通ろうとすると身体やリュックが法面に触れて反発で崖側に押されるのがたまらなく嫌だった。あと、そもそも足の置き場所が平らでなく、著しく谷側へ傾斜していた。それでも、崖の下がなんでもなければ良かったが、落ちたら助からないと思ったら、とても怖かった。

というか、こんな撤退を納得して貰うため“言い訳”なんてどうでも良くて、この位置まで私が来ながら隧道に入っていないというのが全ての答えだろう。
行けると思ったなら当然行った、行かない理由がない。
あるいは、進む以外に助かる道がないほど追いつめられていたとしても、行っただろう。

しかしここはそうではなかったのだ。



この隧道は、9分9厘、閉塞していた。

それが外(ここ)から見えていた。
だからリスクを取っても、通り抜けて先には進めないと思ったし、数枚前の写真の【坑口直前のレールぶらりん】も大きなリスク要因だった。
その一方で、まだこの隧道の反対側の坑口へは大きなリスクを取らずに辿り着ける可能性が残っていた。

こうしたことを総合的に判断して、ここでこれ以上のリスクを取ることは止めた。
私が探索中にリスクを取るのには損得勘定がある。あるいは不本意にも取らされている非常事態もたまにある。
だがいずれにしても納得ずくのことだ。ロボットみたいに感情を排除して物理的に可能性があれば常に前進を続けているわけではない。
ここは、見合わないと思ったから撤退したのである。

開口している隧道まで6mまで近づきながら引き返した出来事を、ここまで念入りに説明をしなければならないと思ってしまうことが既に異常なのだ。
これからも長く生き残るために、この辺りの癖は改めていきたいと、9年も前の探索を振り返って書いてます(苦笑)。
ただ、この最初の断念はだいぶ悔しかったが、ここで自ら身を引く前例を作ったおかげで、この後に本当に必要な撤退を選択できたと思っている。
私はこうした“撤退の良き前例”を持つことが難しいという少し困った質を自覚しているから、この選択は生還への案外重要な過程であったかもしれない。

隧道まで目測6mより撤退して、再度の高巻きへ。