16:01 《現在地》
おそらく軌道時代には“猿なかせ”と呼ばれていたであろう、まるで鏡のように磨かれた岩脈の峰を貫くのは、林道第8号隧道。全長は80mほどである。
冷たく乾いた空気が吹き抜ける暗い洞内に入ると、出口の向こうに次の第9号隧道が見えていた。
2本のトンネルのあいだは、目測20mくらいしかない。
果たしてこのわずかな明り区間から、洞外の軌道跡へ逸脱出来るかどうか。
今の私にとっては、それが興味のほとんど全てだ。
いろいろ無理だった入口よりも、出口の地形条件が良いことを祈りながら、地上へ……。
うっ……崖しか見えない…。
条件が良い予感は、全くしない。
【あの地獄のような地形】
から、たった80mそこらの短い隧道をくぐっただけの裏側だ。猿なかせ、ヨッキ程度では手も足も出せないか……。
とりあえずこの時点で分かるのは、次の第9号隧道に軌道跡は無さそうだということだ。
林道のトンネルの外側に巻き道を作る余地もなければ、廃隧道がありそうな感じもしない。
さあ外へ出て、隧道が見えた軌道跡へと引き返せるかの確認を……!
運命を、受け入れろッ!
(そこは格好よく、「運命を、切り開けッ!」じゃないのかよww ←そうだよ、ヨッキはただ祈るだけだよ)
行けるかもッ!!!
第一印象が良いぞ! 思ったよりは、手や足を出せそうな地形をしている。
とはいえ。
とはいえである。
たぶん写真の印象よりも実際はキツイ。 なぜなら……
このごくごく狭い範囲内で、この段差を何とかしないといけないから。
例によってこれも、少しだけ高い位置にあった軌道跡が林道によって切断され掘り下げられた結果の段差だ。
その落差は2mもないが、恨めしいほど垂直な段差である。単純に徒手空拳では登りにくいのである。
踏み台になるようなものが、何かあるといいんだが……。たとえば、自転車とか……。
ガードレールは、ちょっと遠いんだよな…。
ええ〜〜い、ままよ! ママクリーニング小野寺よ!
16:03
無理矢理登ってやったッ!
祈るだけだと思ったか?! 甘いな!
出来ることをやるくらいは出来るのだ。残り体力一桁でもな! やったぞ!!
さあ、今度こそ久々の軌道跡歩き再開だ!
たった80mそこらのトンネルの外を巻く旧道だ。
トラブルがなければ、決着は一瞬で付くはず。
いまはまだ見えないが、おそらく、
次のカーブを左に曲がればそこに……。
16:04
隧道到達!
やりました!! 一矢報いたぞ!
しかも、なんとなくだけど誰も迎え入れたことがなさそうな雰囲気がある。
実際は、今までの旧隧道の中では辿り着きやすいものだからそんなことはないと思うが、雰囲気的になんか、ね。
裏口入学、大成功だッ!!!
よし! 貫通。
ってあれ?!?!?!?!?!
なんかおかしくないか?
なんか……
短い?
【もっと長かった気がする】
のは、見間違いか?
い や、絶対におかしいよ。
こんなに崩れてなかっただろ、シルエット。
これはひどく崩れた埋れかけの廃隧道だ。
長さも3〜4mしかない。短すぎて、トンネルというよりも石門のイメージだ。
まさか
隧道は1本じゃない?!
16:04
正解! & 敗退!!!
なんだよこの展開はッ!
こんなの許されるのかよぉ。
まるで感情をジェットコースターに乗せられちまっているみてーだよ……。
喜んだと瞬間に、絶望がコンニチワ。
行けないよ! 行けないじゃないかよ〜〜〜!!
諦めが早いと思われるかも知れないが、行けないよシンプルにこれは。
しかも、超絶ギリギリのところだろうに……、もう1本の……、先に起点側坑口が見えていた貫通確定の隧道はここから決して見通せないという、この恐るべき質ワルさ。
全天球カメラでないと、今くぐった隧道の起点側坑口は写せなかった。
そのくらい、隧道を出ると同時に路盤がなかった!
グリグリして私の足元を見て欲しい。
そこにあるのが坑口だ。石門………いや、ギロチンみたいな坑門が……。
続きの路盤は“矢印”の位置、ここから15mくらい先の(もちろん)同高度から再開しているのだが、その周囲は既に起点側坑口を彷彿とさせる岩崖であり、私には取付く島がない。
時間がないとか体力がないとか、都合の良い言い訳があるにはあるが、これは時間があっても無理なヤツだろう。
だから諦めは付くんだけど、この騙し討ちみたいなやり口は……
身の毛が全て抜かれることになりかねない。
しかしまあこれ、目指す隧道に辿り着けず、また1本“不踏の隧道”を重ねてしまった(これで4本目か…)のは悔しいけれど、しかし同時に、『トワイラ〜』にも報告がなかった廃隧道を1本新発見したという嬉しさもある。
いや、これは嬉しさの方が大きい。
私にとっての「やれる・やれない」は、ほとんど最初から決まっていることだが、何かを発見できるかどうかは、行動をそこに向けたかどうかで180度変わってくる部分だ。
やれることを忠実にやったおかげで、この隧道を新発見できたのである。
忠実にやらなければ、見落とすところだった。
嬉しいです!
……というわけでここで引き返したけれど、予想外の軌道隧道(しかも現存!)を1本追加して、通算18本となった。
16:06
速やかに林道へ戻って、進行続行!
すぐに林道第9号隧道を通過。
チェンジ後の画像は、振り返った終点側坑口だ。
こうして観察してみても、やはり軌道も林道と同位置の隧道によってここを通過していたと考えて良いと思う。
矢継ぎ早に、通算19本目とカウントしたい。
隧道が多い林鉄だ。
日本一隧道が多い林鉄がどこかは知らないが、国有林森林鉄道以外では、この早川林鉄が日本一多かったかと思う。
特に中盤以降、カレイ沢へ近づいてからの隧道の頻度がもの凄い。
お目汚し失礼。
なんとここでヨッキ氏号泣。
エンディング(終点)まで、泣くんじゃない。
私としてもそんなつもりはなかったのだが、急に涙が出て来た。
悲しさや悔しさの涙じゃないよ。
次回、涙のワケは……
ついたーーー!
と、実際まだ「着いて」ないのに思わずリュックを降ろし、地べたに座り込みたくなるほどの達成の雰囲気を醸すこの場所は、鷲ノ住山展望台。
御野立所から林道を歩くこと約2.5km、細かく寄り道しながら約1時間30分で、ここまで来た。
もう間もなく、あと少しでゴールを……、早川林鉄の終点があった“深沢尾根”を、初めて目視できるはずだ。
……そんなところまで、来た。
この直後、この場所で私は涙を流す。 (まだ泣いてない)
この鷲ノ住山展望台には山梨交通の同名のバス停がある。
展望台というだけあって見晴らし絶佳の場所であるが、構造物としての別途の展望台があるわけではないので、ここまで冬季閉鎖中の林道を歩いてきた私にとっては、改めて特筆するような新たな見晴らしはなかったりする。(直後にこの感想を少し訂正するが)。
私が新たな眺めと出会えるのは、あと200mばかり進んで、鷲ノ住山の鞍部を越えたところからだろう。
したがって、単に絶佳の風景を見て感動に涙を流したわけではない。
“慰霊碑(I REI HI)”
この展望の地を鎮めるが如く、一基の慰霊碑が置かれている。
“野呂川林道開設工事殉職者”
慰霊碑とは、祭壇を併設したこの立派な御影石の碑を指している。
裏面には上記の題字に続いて野呂川林道の建設中に殉職した12人の氏名、享年、出身地が、殉職日の順に列記されている。
この道の全線を辿っていないが、数キロ歩いただけでも、殉職者は一人や二人ではなかろうと想像はできた。
だが、12人は多い。
出身地は山梨県は当然多いが、長野や富山、愛知、愛媛県の人もいた。年齢は17歳から59歳まで。25歳未満が大半だった。
当初から県営林道だったから、工事の発注者は山梨県である。施工を受注した業者は一社ではなかったと思う。昭和27年から37年まで、10年間で23kmの林道を開鑿する工事であった。年代的に現代ほどの安全対策は行われなかったというのは確かだろうが、それでも単体の道路工事で12人の殉職は多い。
ずさんな工事だったなどとは思わない。
……険しすぎたよな。
たった一つの命を抱えた生身の体で立ち向かうには、あまりにも……。
ここでだいぶ涙腺にグッときた。
優越ぶった物言いをするつもりはないが、私も生身でこの山河の彫り深き相貌を味わったからな。
車に乗って林道を走ったよりは、殉職者たちへの共感は深まったと思う。
黙して偲ばむ
雲のかげありありと行く白鳳の谷
ここにいま 十二の御魂 若くねむれる
この道にささげしいのち
山と水 相合うところ
ほろほろと馬酔木花散り
息づける 自然の奥処
拓きたり 十年をかけて
“この道に捧げし命”。
私なんかも探索中はよくヒロイックな気分になって、「命を賭して……!」なんて自らのシチュエーションで遊んだりするが、本当に「道に命を捧げる」というのはやはり別だ。
それはともかく、ここに名を永遠に刻まれた殉職者たちが、当日命を捧げることへの納得があったとは思わないし、きっと無事に帰る心積もりであっただろうが、それでもこうして名前を刻まれているのは、報われていると私は感じる。
私は、ここで泣きが入った。
気持ちが、ここに記された12人から、 別の “知られぬ人たち” へと及んだからだ。
この地での、
戦後の10年間、全長23km、幅4mの林道工事
という条件で、12人が命を落としているのだ。
ならば
この地での、
戦中の3年間、全長20km、幅2mの軌道工事
この条件で、何人が命を落としたか。
彼らは、この地に眠る“知られぬ者たち”。
この野呂川林道の慰霊碑に、場所と発注者は同じでも、時と名目が異なる軌道建設工事の殉職者を含められなかったのは理解できる。
だが、知られてはいるのだろうか。
どこかにあるのか、その記録は。
少なくとも、探索時点でも、2026年のこれを執筆している現時点でも、知られていない情報である。
軌道工事の殉職者は、氏名はおろか人数すらも記録が見えない。
軌道については、林道について調べたことの数倍は多くの資料に目を通したつもりだが、それでもだ。
もっと専門的に、例えば地元のお寺の過去帳をつぶさに調べれば、「軌道工事死亡者」が現われるかもしれないが、そこまではとても私にはできない。
だから……、
いるかも分からないなどとは思わない、
状況的に確実にいただろう、20人か、30人か、50人か……、そんな知られざる人たちを、
私は想像し、そこに共感をしてしまった。
これが落涙のわけ。
うっかり、休憩しながら涙を流すという、1分も惜しいなかで体力回復には全く役立たないことをしてしまったが、気持ちは良かった。
2日間の探索の中で何度かは行った自覚はある無謀な行為を、私を見守る何かに詫びて禊いだという気持ちにも勝手になった。
私よりも真面目な目的で命を落とした人を悼むと、自分が不真面目な目的で命を危なくしていることを無性に詫びたくなるものだ。
(勝手な自分語り終了)
さて、探索再開。
先ほど書いたことのうち、一つを訂正だ。
「ここまで冬季閉鎖中の林道を歩いてきた私にとっては、改めて特筆するような新たな見晴らしはなかったりする」を、部分的に訂正する。
ひとつだけ、特筆すべきものが見えたのだ。まあ肉眼では無理だけど望遠でね。
何かというと、さっき(【小鷲沢からの眺め】
)は見えなかったカレイ沢とアザミ沢の間の尾根――私の最終到達地点がある尾根――が、見えたのだが……。
目印のタオルが見えるッ!
(ごめんなさい! これ、何日くらい残ったんだろうなぁ……)
16:18
休憩(5分間)終わり、黙礼をして再出発。
ちょっと先に鞍部が見えるが、あそこが鷲ノ住山の鞍部だ。
16:21 《現在地》
展望台から約200mの地点で、鷲ノ住山の鞍部を越える。
ここから野呂川の谷底にある野呂川発電所へ降り、県道を一部経由して北岳へ登る登山道があり、その入口になっている。
落差400mを下ってから向こう側の3000mの頂上へ登るという、敢えて車道の助けを拒みたい人向きハードコースだが、今回の2日間の探索の進行パターンによっては、県道へショートカットする帰路として歩く可能性があった道だ。結局使わなかった。
軌道も林道と同じ位置で鷲ノ住山の尾根を越えていただろうが、痕跡は全くない。
越えるとそこからは、野呂川支流の深沢を巻き取る道になる。
全長54kmと言われることもある極めて長大な(実際に同時に存在していたのは最大39km)早川林鉄の終点として『トワイラ〜』や『早川町誌』に地名が出ている“深沢尾根”は、この深沢を渡った向こう側の尾根である。
昨日から勝手に名付けた“尾根A〜F”をはじめ、たくさんの尾根と谷を繰り返してきたこの道だが、ここが最後のひとつ前の尾根であり、次に辿り着く尾根が終点となる。
やっとだよ。
既に木の枝越しには見えているが、見えづらいので、次のカーブミラーのところまで勿体ぶってから、眼に焼きつける。
16:23
あそこが、待ち望んだ終点…。
地形図上では、この南アルプス林道の目立たぬ通過地点に過ぎない印象だ。
脇道も建物も大きな道路構造物も特徴的な地形もない、ただの地点。
海抜1562mの「航空測量による標高点」が打たれているが、それとて現地に標柱があるようなものではない。
ただ唯一、旧野呂川林道の最高地点であったことが、軌道の終点であったことの微かな名残とも言えるような場所。
起点から50kmを越えて軌道が目指し続けた終点として、あまりにも「何もない」という印象の場所。
『トワイラ〜』を読んでも、感想は変わらなかった。
いま、初めて、目視しているが……
本当に、「何もない」な。
でも、きれいだ。
(最終到達目標)
深沢尾根 軌道終点 まで (推定)2.7km
16:30
鷲ノ住山尾根から深沢尾根までは約2.7kmであるが、そのほぼ中間で深沢を渡る。
今はまだ谷に遠く、尾根に近いおかげで、地形は比較的に穏やかである。あくまでも、同林道内では、だが。
チェンジ後の画像は、ここのカーブミラーの支柱に張ってあるステッカーを撮影した。
「南アルプス林道管理事務所」という現在の管理者名のステッカーが薄くなって、下に隠されていた「森林開発公団」のステッカーが見えていた。
この林道は、昭和27年から37年にかけて山梨県が野呂川林道として建設開通させたものだが、昭和42年に特殊法人の森林開発公団へと移管され、南アルプス林道へと改名のうえ終点を広河原から長野県側へ延伸する工事を行った。この工事は紆余曲折の末昭和54年に開通し、昭和55年に再び森林開発公団から山梨県へ移管されて現在に至っている。
なお、あまり知られていないが、昭和40年から42年までの短期間は通行料金を徴収していた。
16:41
何もなく、平穏である。
そのため写真も10分単位で時が進んでいる。
時が経つにつれて西日が目に見えて強くなってきているので、気持ちは焦ったが、ひどく足が重だるく、両足の親指が痛くて、歩くペースは早くできなかった。
勾配は緩やかだが常に登り坂であることも、地味に負担だった。(そのことに気づいたのは帰り道だ)
そういえば、残雪も増えてきている。
気づけば海抜1500mに迫っており、この2日間を通しての最高高度を絶賛更新中である。
全国にはこれよりも高いところを通る林鉄があるが、起点(250m)と終点(1550m)の高低差が1300mもある路線は、ほかにあるのだろうか。
16:51
また10分歩いて、「小滝」という標柱のある場所を通った。
小滝橋が小さな滝のある沢を渡っているが、軌道時代の痕跡は特にみられない。
まわりの地形に水気と岩場と影が増えてきた。ゾーという水の音もする。
深沢本体が近いと感じる。
10:52
よし。
深沢を渡る橋が見えてきた。
この区間は、今まででも一番平穏で、淡々と進んだ。
こういうのも、見慣れた林鉄らしいところだなと思った。
(林鉄の終点の多くは、林業の拠点となるような地形条件の比較的恵まれた場所であるから、探索が終点に近づくと地形条件が緩和されて、良くも悪くも単調になる)
そして余談だが、この山行が史上最長のレポートが終点に近づくにつれて、それを惜しむ感想コメントを結構いただくようになってきた。
もっと読みたいと思って貰えるのは著者冥利に尽きるありがたいことだが、現場の私はさすがに、早く終わって車へ戻って安心して眠りたいと思っていた。
ただ、もし深沢で一泊できる行程だったら、私もこの不朽ではない偉業を打ち立てた軌道跡が尽きることを惜しいと思ったかも知れない……。
この林鉄の跡地に最初に足を踏み入れた日から6年、『トワイラ〜』に衝撃を受けた日から数えれば十数年越しで、私の悲願が達成される。
早川林鉄の奥地に横たわる長大な未解明区間を“知る”という悲願が……。
16:53 《現在地》
深沢を渡る深沢橋が現われた。
おそらく軌道は林道の橋よりも谷の奥まで回り込んでいただろうが、そこには砂防ダムとダムによって嵩上げされた堆砂の地平だけがあり、軌道の痕跡を見出す余地はなかった。
そのことを差し引いても、これまで軌道が踏破した名のある沢の中では最も穏やかな渡河だったと思う。
終点まで、残り1.4km。
16:54
橋を渡った右岸の袂で右へ砂防ダムの工事用道路が分かれているが、その岐れの中又に苔生した小さな石祠が祀られていた。
なぜここにポツンと一基だけ安置されているのか分からないが、それが置かれている場所の形が妙に気になる私がいた。
林道よりも微妙に高いこの場所のカタチ……。
もしかしたら、深沢を回り込んでいた軌道跡の名残だったりしてな。
距離的に、そろそろ“最後の軌道跡の遺構”を意識する頃だ。
『トワイラ〜』には何が書いてあっただろう。
この先にまだ何か遺構があったのだっけっか…。あまり多くのことが書かれていた記憶はない。
今さらだが、この祠の下でついに、メインの道具入れである肩のザックをデポした。
短時間後に戻ってくる前提だが、その短時間(往復2〜3km)でさえ軽く歩きたいと思うほど疲れていた。
それでもこの日のザックは軽量化が出来ていた。この7年前に山中多泊の大荷物で挑んだ“千頭奥地”の経験を経ての軽量化であり、そうでなければ今回の2日間の強行軍は実現出来なかったと思う。たった2日だが、明るい時間も暗い時間も、歩いていない時間がほとんどない感覚だ。
16:56
引続き林道を使った軌道歩きは最終ステージ、深沢右岸へ。
この先は地図上に短い間隔で連続5本の林道トンネルが描かれている。
すなわち、先の小鷲沢右岸の4連続林道トンネルや、アザミ沢右岸のトンネル群に近い“難所”の状況が、地図上からは連想されるのである(トンネルの本数的には一番多い)。
そして早速1本目のトンネルが現われそうだ。次の右カーブ……。
16:57
林道第10号隧道。
別線の軌道跡は、無し。
地形的にも、軌道隧道の改築転用と見て良いだろう。軌道隧道は通算20本目。
ああッ 楽だけどッ でもなんか惜しいッ…! あと4本で打ち止めだぞ……。
16:58
クッ!
ここでついに、山の端に日が落ちた。
そして結果的に、これがこの日の最後に見た太陽だった。日に照らされた終点は見られなかったのである。
今日の甲府地方の日没時刻は18:22と予告されていたと思うが、当然山の中ではそれより早く日が山に沈む。ある程度予期はしていたが、1時間20分も早く沈むとは。
林道に出てからは寄り道を最小限にして歩いてきてもこれである。やっぱり全てがぎりぎりだ。(今朝の寝坊のことは忘れていた)
私の足が急がせてくれないけど、せめて終点は自然光で見たい。 頑張ってよ俺の足。
16:59
すぐにもう現われた、連続5本のうち2本目、林道の第11号隧道。
手前に架かる橋は一之沢橋である。
日差しの作る濃い色と陰影がなくなり、急速に景色から色と温度が失われていく。
今日に限ったことではないが、この時間の探索は心臓に悪い。刻一刻と命が縮む感じがする。
2本目の隧道も軌道跡は無しだな。どんどん行くぞ。
うはっ!(嬉)
あははははっ!!! 何だよお前ぇ、あるじゃないかよぉ〜〜〜。
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